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機関紙?

  ロンド・第46号  平成5年8月10日発行 

梅雨があけたと思うともう立秋。夏の到来もいまだなく、ぐずついた毎日でうんざりしますね。ギラギラの夏がなつかしくさえ思われます。
 協会は40周年記念行事の1つ、フェスティバルを大盛況で終えることができました。理事長はじめスタッフの皆さんそれにご参加いただきました会員の皆さん、ほんとうにありがとうございました。当日、三井会長、山本英一さんより金一封をいただきました。どうもありがとうございました。

40周年記念フェスティバルを終えて
田中 泰子
7月25日、伊勢F・D協会創立40周年記念フェスティバルは、総勢139名、内協会会員100名の参加で無事終了することができました。台風一過、晴天とまでもいかなかったものの、体育館の中熱気ムンムン、右へ左へと動く会員の方々皆様のおかげで予定通り開始することができました。
セレモニーでの水谷伊勢市長、三井協会会長、向井教育長のあいさつで、ポーランドのガイク、第39回全国レク、又来年の祝祭博とバラエティにとんだお話もたくさん聞くことができました。
又、昼からの東久留米の坂場さんご夫妻によるメキシコ曲 ラ・ハパタの力強い踊り ラ・チャリータの特別講習とおもいがけないプレゼントもありました。
行事計画から実行まで表舞台、裏舞台とたくさんの方々の協力がありました。今まで協会主催の行事をたくさんありましたが、これほど多くの参加は初めてであり、ひとりひとりの力と6つのサークルの協力で成りたったと思っております。
終わってみていろいろな面で反省すべきことも有りました。これをバネとして次の行事に活かしていけばと思います。今回参加できなかった皆様も次回の行事に参加していただき、協会の年輪がますます太くなるようにお力をお貸し下さい。会員の皆様ご苦労様でした。心よりお礼申し上げます。

サークル “はまなす” 誕生!!
4月から開催された第13回スクールは6月29日に終了し、修了生とそれ以外の入会者によりサークルとして発足しました。お昼のサークル第1号です。
サークルの名称は、皇太子殿下ご成婚と時を同じくして出来たサークルということで雅子妃殿下のおしるしである“ハマナス”をいただき、“はまなす”と決定されました。毎週火曜日10時半〜12時です。お時間のある方は、いつでもお出かけください。

お知らせ
中近サマーキャンプが7月30日、31日、8月1日に金沢市にて開催されました。その伝達講習会が次の所で行われます。皆さんご一緒しませんか。
8月22日(日)  上野市交流研修センター   10時〜15時30分
8月29日(日)  伊勢市労働福祉会館     13時〜

郡上おどり
西世古 幸子
♪ぐじょのなあーはちまぁーん♪ではじまる「かわさき」や威勢のいい「春こま」で代表される郡上の盆おどりへ去る7・8日に総勢47名で行ってきました。(車中泊)
心配していた雨も道中はよく降っていましたが、当地ではほんの少し、おしめりがあっただけで、涼しくて絶好の天候でした。
普段どちらかといえばお世辞でないとお上品とはいえない一行ですが、浴衣姿になるとなんと変身すること!!うちわを背に川辺を歩く姿は絵になっていました。
郡上八幡というと山あり城あり川あり街あり、そう大きい町ではないのでしょうが、土地の人はとっても親切で人情味があり、すてきなところでした。丁度、七日盆の特別イベント「スターライトインキャッスル」とかいう催しがあり、山の上のお城はすっかりライトアップされていてその下の河川敷は郡上八幡の歴史を古典楽器やモダンダンスを組み入れての芝居の見物客でにぎわっていました。
 郡上おどりで踊られる曲は、10曲以上あり毎夜盆おどり会場は移動するそうですが、その日は、商店街のど真ん中にやぐらが組み立てられていて、10人程の地方にあわせて7曲ほどを2千人ほどの民衆が踊りまくっていました。なかでも若い衆の威勢がよくて格好のいいこと。我々もつい年を忘れてはしゃぎまくり、一夜を心ゆくまで楽しませていただきました。
会場には審査員の方がいらして、我々の仲間も2人、西井さんと佐々木さんが素晴らしい書体のお免状をいただくことができ、みんなで喜びあいました。
最後になりましたが、事前からいろいろご親切にご案内下さったり、当日は着替えにお部屋をご提供下さった郡上八幡役場の商工観光課さん、そしてお値打ちにサービスして下さり、車内でもとてもよくして下さった三交さんどうもありがとうございました。
帰りのバスでは、来年も是非企画してねという声が多く、お世話させていただいた役員もみんな疲れがすっと消えたようです・・・。が、やっぱり私に限っては年のせいか家にもどったらどっと疲れがでて丸1日ブタのように眠っていました。

「かわさき」
享保年間勢州(伊勢)古市の里で唄われた川崎音戸が参宮道者によって郡の地に伝承され山紫水明の環境の中にさまざまの変遷をたどり現在のおどりになっています。

「春駒」
幕末から明治にかけて、春先になると越前の油坂峠を越えてやってきた鯖売の呼声がはやしとなり踊化されたという一説もありますが、日本的マンボの旋律を有する威勢の良いおどりは、逸馬(はやり馬)を制する反り身の姿勢から両手綱をさばきながら横とびに廻転し、磨墨の名馬以来、馬にゆかりの深い郡上にふさわしいおどりです。
磨墨・・・宇治川の先陣で名高い佐々木高綱の名馬

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