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機関紙?

  ロンド・第60号  平成7年12月13日

めっきり寒くなりました。本年もいよいよ師走を迎えて港のジングルベルの音を耳にする度に、何かしら切ない想いの方が先に立って、クリスマスを迎える喜びは遠い昔のように思われます。それは年の瀬の雑用しさのせいでしょうか‥。
寒くなったとはいえ、小春日和のような暖かい日もある今日この頃、皆様にはお変わりなくお暮らしのことと存じます。

市民芸能祭
’95バレエ&フォークダンスフェスティバル 華やかに開催
 去る11月12日、観光文化会館にて平成7年度の市民芸能祭〔第39回〕に私達伊勢FD協会も参加し、各サークルの日頃の練習の成果を発表しました。年々華やかになる中にも充実感に満ち、選ぶダンス曲も民族衣装も創造性豊かなレベルの高いものへと変わりつつあるように思われます。一年に一回のこの日に向かって会員全体が動きだし協力し合い、真剣に物事に取り組む姿はまぶしい位に輝いて見えました。来年も出来る限り多くの人連が参加出来れぱと思います。

市民芸能祭に参加して
西世古幸子
 去る11月12日に開催された第39回市民芸能祭に伊勢FD協会は6サークル計100名で参加させていただきました。これまでに20回程参加していますが、私の知る限りでは今年は舞台演出面において最高だったと思います。特に幕間の流れがスムーズで全く計算通りでした。そして各サークルそれぞれ趣向を凝らした衣装、出し物でどのサークルにも見せる場面があり素敵でした。
なかでもフィナーレのタタロチカは圧巻で(手前味噌でしょうが)それぞれご自慢の衣装を付けた100名の出演者がサークル順に次から次へと登場し、少ない観客から目一杯の拍手をいただきました。
 なお当日舞台に出演されなかった会員は110名だったのですが、理事会で分析したところ、会費だけおさめて下さる奇特な方とか、都合で長期欠席の方が34名、そして都合がよければ参加したいが当日仕事などで不参加が48名また舞台演出を好まれない方が28名となりました。各サークルの練習日を別に設けるなどして、なるべく例会に支障のないよう工夫されたようです。私も日連のフォークダンス綱領にある「フォークダンス愛好者は、フォークダンスは皆で楽しむものだということを念頭において、常に明朗で相手を尊重しつつ自分も楽しむこと」を常に追求しながら楽しく活動したいと思っています。

第4回理事会報告
H7,11,24(金)、於:事務局にて
議題
1,各サークル現況 各サークル会長 
1,指導部会現況 指導部長 
1,市民芸能祭の総括 理事長 
1,今後の伊勢FD協会のあり方、方針 副会長 
1,他団体からの呼びかけの窓口について 事務局長 
1,クリスマスパーティの取組み状況 はまなす会長 
I.その他 
上記の議題について検討しながら話し合いました。

◆各サークル現況
各サークルとも文化祭がすんだので統一曲を中心に、またそれぞれクリスマスパーティの準備で例会をすすめています。

♪参考までに各サークルのクリスマスの予定は次の通りです。
サークル名  日 時   会場  会員外の参加 
なでしこ  17日の夜   中島小体育館 大歓迎
はまなす  19Hの午後労福会館 大歓迎 
ポピー   19日の夜   有輯小体育館 自由
コスモス  20日の夜   倭町公民館  会場狭い為不可
民舞研   24日10時-4時 宮山小体育館大歓迎
ひまわり  25日の夜  明倫小体育館 自由

県連事業のお知らせ
第39回全国紹介種目伝達講習会 平成8年1月28日(日)AM10こ00〜PM3z30
場所:三重県営サブ体育館(伊勢市)会費:1,000円
〔目標数(昨年実績)80〜100名(70名)/担当 伊勢FD協会・事務局〕
 新曲紹介あり、出来るだけ多くの参加を希望します。

一一FD広場一一
今回はコスモス会員 国府千嘉子さんに「私のツアー旅行記N0.1」として次のようなエッセー(随筆)を書いて頂きました。

シナイ山とダンス
コスモス 国府千嘉子
夜空に星がきらめいている。午前3時に小屋を出発した。腰には現地のパンと黄色いジュースの入った小瓶をぶら下げた。シナイ山の6合目までトラックで行き、その後暗闇の中を登山した。
片側は崖、片側は山で一小道が頂上迄続く。ガラクタ石の、間に時々草が生えている。私は強い近視である。持参した憐中電灯で足元を照らしたかったが、止して黙々と歩く一団の中に入り、ひたすら地面をみつめて歩いた。不思議なもので、星明かりだけでも道が見えてくる、転ばないように、石こけつまずかないようにそればかり気をつけて登った。勾配がきついからハァハァと・・あえぎながら時々座って休息をとりドイツの修道尼と思われるグループと抜きつ抜かれつして登った。
少しまわりが明るくなった。朝日が昇り始めたのだ。ご来光を頂上で迎える為には急がなければならぬ。急に視界が開らけた。「ワッ。凄い高い場所に私は居る。眼下はなんと広い荒野だろう。」シナイ山は、日本の山と同様の形をしているが、木が、生えていない。だから眺望が遠くまで届く。崖は色々な地層をむき出しにしている。9合目まで来たら道でなく、岩をよじ登るようになった。「きついからもう止すわ。」との声が聞こえた、でも私はもう二度と来れないからと必死になって登った。頂上には小さな教会がありそのまわりに人々は立った。皆の顔がご来光を浴びて金色に輝いている。どの人の顔も美しい。多分私の顔も輝いていているのだろう。
下山は。道が変わり岩から岩えと飛び降りた、全然よそ見ができない。中腹に何故か杉の大木が1本だけ聳えていた。その下で休憩して心地よい風を頬に受けながら持参したパンとジュースをいただいた。美味しかった。
その時々現地のガイドより良い話を聞いた、どうして夜中に登山するのかとの問いに対してして。
1、昼間は頂上が遠くに、あり過ぎて登る気がしない。(標高2.285来)
2、夜は足元が心配で一歩一歩慎重に登る。よそ見が出来ないので知らない内に登
3、昼間は暑い。
これを聞いて私は自一分の人生訓にしようと思った。やり始めたら。頂上まであとどれだけと考えない。現在の一歩一歩を大事にしよう。と、決めた。人生も終着に、なりかけた現在,突然自分の可能性を試して見たいとの気持ちが生じた。方向音痴で、英語もなかなか上達しないが、個人旅行にトライした。
英語圈の国でもトラブル続きで日本に戻れるのかしらと何度も不安に怯えたが。まあ何とかすれば何とか成るものである。ただ、まだ在職中のため、旅行に行けるのは夏休みと年末年始になるので、ツアー旅行の方が経済的に安くすむ。世界一周を心かけているが。まだ54国である。
私の不得手な科目のナンバー1は体育であった。不器用で運動神経が皆無に等しい。運動会はいつもビリ。ひたすら時間が早く過ぎるのを祈っていた。その私がダンスに挑戦した。赤面しながら、汗をかきながら、不器用に踊っている、上手な人から見れば目障りでしょうが仲間に入れて下さい。お願いします。
※(シナイ山はエジプトの東北端にありモ―ゼが3千年前、神のお告げによりエジブトで奴隷になっていた10万人のイスラエル人を救い聖なる地カナンを目指して行動していたが、荒野での生活に不平不満を訴える彼らをまたせ、シナイ山に登りエホバより十戒を授けられた。
キリスト教徒にとり重奏な地。旧約聖書 出エジプト紀より )

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