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機関紙?

 ロンド・第62号  平成8年3月28日発行

 
 春寒次第にゆるみそめて、明るい陽の光のもと、縁先の竹笹の中で2羽の小鳥が嬉々とさえずる大きな声にびっくりし、何処からともなく沈丁花の甘い香りに春を感じた。

第8回理事会    H8.3.8 19:30〜23:00
○総会について ・事業報告案作成 ・会計報告案作成 ・予算案作成
 ・事業計画案作成 ・役員改正案作成
○パネルディスカッション テーマ  私とフォークダンス
○新年度からの体制について  企画部     理事会      事務局
                          指導部     文化部
○ミニスクールについて  5月6日(月)より各サークル順次開始 2ヶ月間
○遠足について       4月16日 谷汲山 薄墨桜
○親睦パーティーについて
上記についてそれぞれの協会の行事の具体的な企画案を検討しました。
平成7年度伊勢フォークダンス協会 総会開催
☆日時 平成8年3月23日(土) 13:00~16:00
☆場所 伊勢参宮街道資料館 2F
1. 開会の辞 中村伸子
2. 会長挨拶 三井康弘
3. 来賓挨拶 水谷伊勢市長 他
4. 議長選出
5. 議長挨拶
6. 議   題  ?平成7年度 事業報告  ?平成7年度 会計報告 
   ?平成8年度 役員改選  ?平成8年度 事業計画 ?平成8年度 予算   ?その他
7. パネルディスカッション フォークダンスと私 司会 村井正治
パネラー 中村倭文子 土平富士子 川口 薫 間宮要子 田中泰子 中村伸子
平成8年度役員決定
会長 三井康弘
理事長 村井正治   副理事長 中村倭文子
常任理事 村井(正).中村(倭).竹内(千).西世古.野田
理  事  村井(正).中村(倭).竹内(千).西世古.野田
 土平、川口、田中、間宮、中村(伸)
事務局長 西世古幸子 〈会計〉高尾 〈広報〉楠木.土平 〈管理〉田中 〈需品〉竹内(恵) 〈保険〉畑
企画部長 竹内千恵子 〈部員〉中村(伸) 野田 土平 村井(和)
指導部長 野田冨美子 副部長 西村美代子
〈部員〉堀尾 佐藤 上村 村井(和) 永井 碓井 田中 南 西世古 竹内(勇)       竹内(恵) 竹内(千) 森本
文化部長 中村倭文子 〈部員〉 西世古 宗林 平生
会計監査 竹内千恵子
関係団体担当 日本FD連盟三重県支部 村井正治 竹内千恵子
伊勢市レクリエーション協会 三井康弘 村井正治 竹内千恵子
伊勢志摩FDサークル連絡協議会 村井正治 西世古幸子
伊勢市青年サークル連絡協議会 宗林 中村(倭) 土平 山口 川口 畑 外山 中村(伸)
お知らせ
4月16日 春の遠足(担当:はまなす) 
4月28日 伊勢FD協会交流会 親睦パーティ
5月 6日 ミニスクール開始

FD広場
 一年を振り返って コスモス 中村倭文子
月日の経つのは早いもので、今年もそろそろ花の便りも聞かれる季節になってまいりました。昨年は何と大きな出来事の多かった年でしょう。天災、人災、どれ一つにとっても何十年に一度あるかなしかの重大事ばかり。今年こそ平穏な年であるようにと、誰しも願っている事と思います。私の一年を振り返ってみると、とても忙しい毎日でした。フォークダンスを初め、その他の趣味もたくさんあり、一つ一つこなして行くのが大変でした。しかし、毎日充実していて、後で思えば良い事ばかり、なんて幸福なんだろうと、この頃年のせいかつくづく思う様になりました。周りの家族も今は平穏であり、主人が協力してくれるので気持ち良く家をあけられ、安心してフォークダンスに打ち込む事ができ、とてもありがたく感謝の気持ちでいっぱいです。
 そして色々の行事に参加できたこと、特に忘れられないのはサンアリーナでの「阪神大震災・チャリティー」に参加した事です。開催に当たって、色々と理事さん初め役員の方々、指導者の皆さんの企画から運営、その他にも役員会を何回も開き相談・・・。そして当日、神戸の方達や県内外の人達に喜んで頂き大成功、私も微力ながらお手伝いさせて頂きました。これも会員さん一人一人の温かい支えがあったからこそと感謝しています。どうもありがとうございました。
この一年も無事に過ごさせて頂きました。又来年度の新しい目標に向かって進んで行きたいと思いますので、これからもご協力を宜しくお願いいたします。

一年を振り返って 
ひまわり  土平 富士子
 私の目標は「一にも二にも、ひまわりの皆さんが楽しく踊れるように」ということでしたが、必ずしもそうでなかったと思います。人数が多ければ多い程、考え方もちがいます。あれこれ気を配ったつもりでも行き届かない面も出てきて、お叱りやら示陖を受けた事もありました。笑ったり怒ったり、いろいろありましたが、みなさんに支えられてどうにか無事今日までたどりつく事ができました。今までの体験を生かし、今後もより一層努力したいと思いますので宜しくお願いします。

なでしこ 
川口 薫
今年度のなでしこは、会員の出席増減の差が多かった様に思います。そんな中、明るい雰囲気が保たれたのは。会員皆がダンスを楽しみつつ、会話もはずんでいたからと、私は嬉しく眺めてきました。昨年度に比べ、ミニスクールで新しい会員も増え、33名のスタートでした。
9月のチャリティパーティー、11月12日の芸能祭、12月6日のクリスマスパーティ等、新会員も楽しかったと喜んでくれて「ああ、良かった」と思いました。サークルで私が一番良かったと感じた催しは、二俣1丁目公民館で「おしゃべり会」をしたこと。殆ど全員が参加して、まず自己紹介。内容は、住所・氏名・家族構成・学校時代のクラブ・ニックネーム・特技・趣味など、弁当と持ち寄りのたくさんの品を前に、次々と話がはずみ爆笑、又爆笑。ゲームもあって和気あいあいの2時間あまりでした。顔も名前もわからなかった新会員が、皆の中にとけ込みやすくなったのを強く感じました。この親しさと健康を保ちつつ、来年度へ向けて練習に励みたいと思います。

思い出と新たな思い 
ポピー 竹内千恵子
昨年一番の思い出は、9月3日サンアリーナでの“神戸に100万ドルの夜景が戻るまで”阪神大震災チャリティーフォークダンスの集いです。みんなで作り上げ、みんなで喜び、みんなで感激し・・、黄色のハンカチを見ると浮かんできます。団結が力になり、二重三重になった大きな踊りの輪が。平成3年11月、ポピーが誕生しました。ポピーの花びらって、やわらかく、やさしく感じませんか?例会の雰囲気もこうでありたいと思いました。この4年間、自分なりに一生懸命歩いてきました。今振り返つてみれば、楽しかった事、うれしかった事ばかりの日々。会員の皆様に助けられ、協力していただいき、温かく見守られて大変だった事など何処かへ飛んでいきました。次期会長にも、苦労はありますが、それ以上に楽しんでいろいろ経験してもらいたいと思います。
次期会長にも、苦労はありますが、それ以上に楽しんでいろいろ経験してもらいたいと思います。人生の先輩達、心やさし方明るい方、尊敬できる人等、たくさんの人達と出会う事ができたFDに感謝しています。笑顔ほど相手を積極的にさせるものはないと信じ、会う人をホッとさせ包みこむ様な、心豊かなFD女性をめざしたいと思っています。

民舞研 
田中泰子
民舞研の会長を引き受けて早一年。5月初めのラウンドダンス講習会が終わり、その復讐9月3日の協会フェスティバルに向かっての練習月3回の例会が軌道にのりかけた頃、不本意にも私事で3か月間休むことになり他の会員さんに迷惑をかけてしまいました。人の人生、何が起こるか判らない実感を味わいました。11月の市民芸能祭、2月のレディス文化祭、女性フェスティバルと舞台行事もありましたが、12月のXマスパーティに合わせた浅野先生のカスタネットや3月の三宅先生によるラウンドダンス講習会も多く参加いただきました。また、今の役員で8年度の会の運営をしていく事も例会で承認してもらいました。今年度の例会運営に対し、会員の一部には不平不満があると聞こえてもきましたが、それを教訓に8年度の方針も役員協議の末に出来上がりました。まだまだ会長として未熟ですが、よろしくお願いします。

一年を振り返って 
はまなす 中村伸子
月日の経つのは早いもので、はや、平成8年の春を迎えました。昨年は年頭の阪神・淡路大震災をはじめとして、政治・経済・社会・文化等、あらゆる分野においていろいろな出来事がありましたが、本年はどうか穏やかな良い年でありますようにと願いたいものです。さて、この一年間、理事長という重責を担い、どうあるべきかと戸惑うことばかりでした。が幸いに、先輩の方々の助言をいただきながら、経験の浅い私ではありましたが、どうにかこの責務を終えることができました。また、会員の皆様からの多大のご協力と、温かいご支援をいただき、ここにあらためて、感謝を申し上げる次第でございます。
さて、あのいまわしい震災にあわれました友を慰めはげますために催されたチャリティFDパーティでは、県内はもちろんのこと、あらゆる地方から多数の仲間が支援にかけつけて下さった時の事が、私には強く心に残っております。さらに、一昨年から新しく催された女性文化祭の参加にも、地域社会における交流の場として、これからも進んで参加し、お互いにその輪を広げていけたらと念じております。一年間貴重な体験をさせていただき、本当にありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。世界の国々の素晴らしい音楽に合わせて踊り、そして歌い、いつまでもいつまでも、若く・明るく・活き活きと生きていけたらと願っています。

旅とダンス 
国府 千嘉子
{アッ!}一瞬蒼白になり、また顔が真っ赤になるのを感じた。皆の視線が私に集中している。中年の小肥りしたドイツ男性が、円錐形の舞踊場から私を見上げていて、手を広げ、更にひざまづいて、ゼスチャーたっぷりに踊ろうと言っている。「駄目!私は、踊れない」何か言うべきだが言葉がでない。致し方なく夢中で外にでた。これから佳境に入るところで、まだまだ見て楽しみたかったのに。あの男性にも恥をかかせてしまった。「口惜しい。日本に帰ったら必ずダンスを習おう」15年程前にドイツを旅行した時の思い出である。
またタクラマカン砂漠を旅した時、私たち10名の一行は、観光客で初めて訪れた客として、各地で高官の出迎えをうけた。午後の明るい陽射しを受けた草原で、日本人1名・高官1名づつが進み出て「乾杯」を繰り返した。非常に強いアルコール度で「飲み干さないと返さない」と無理じいされ、「日本人のために頑張って」との声援を受けて、お人好しの私は他の人の分も引受け、5・6杯飲み、ついに伸びてしまった。その後、原色の柔らかい軽やなゆったりした服を身につけた人々と輪になって踊っているのを、地面に横たわりながら私は見上げていた。この時は酔っぱらっていたので、羞恥心もなく、ムクと起き上がりメチャクチャ踊りを披露した。コスモスのメンバーに入れていただいて、約1年経た現在では、むしろ積極的に参加して、世界各国の踊りも覚えようと頑張っているが、お恥ずかしい姿しか披露できない。ロンド編集者に申し訳ない次第です。
余談になるが、この時行動を共にしたチャーミングな同室の女性は、水戸の日本舞踊の師匠で、絶えず和服を着用していた。「着物は楽よ、ハンドバックが不要」と言って袖や帯の間から色々な小物(財布・ハンカチ・ティッシュ等)を出して見せた。砂漠だからホテル?の部屋・トイレ等も埃だらけ。そんな中でも、彼女は器用に着物を着換えた。日中は洋服だが、朝夕は着物の彼女に現地人たちがゾロゾロと後をついて来る。突然オシッコがしたくなった。どうしよう。少し小高い砂の陰で、そっと用を足そうとしたが、後ろを見ると子供たちが沢山ついて来る。頭に血が上がる。もう我慢ができないと思った時、遥か前方にラクダを引いた一行が現れた。ワッと子供がその方向に走った。「今だ!」思いきりオシッコをした。この時の快感は、今でも覚えている。蛇足だが彼女の踊りは素晴らしく、各地で仲良く現地の人と楽しんでいた。羨ましかった。

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